2005年07月04日

伝えること

雑誌も絵画も営業も面接もイベントも音楽も卒論も口説くのもメッセもメールも、
他にも沢山のことが「伝えること」に集約できるし、芸術まで昇華できる。

要はメッセージの受け手の心を動かすために、
メッセージや伝え方や質を研ぎ澄ましていくこと。

それだけなんですけどね。
自分の中では最近一番の気付きです。
posted by 鯰 at 01:47| Comment(9) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
情報デザイン専攻としてそういう話大好きです。
感性認知脳科学専攻で、自動車の運転と快・不快はどう関係しているかという実験をしたそうです。
その話を聞いたとき半分寝てたので詳細は確実ではないですが、
その結果の考察は、「自分が思い描いたイメージ通りのパフォーマンスができたときに快を感じる」とか。
当たり前なんですけど、何事も自分のイメージ通りに表現ができないともどかしいんですよね。

人間は脳の内外の出来事全てを脳内で高度に処理しているわけですが、
せっかく処理したことを上手く脳外に出力できないということはコミュニケーション不全を起すので
社会的動物である人間にとってそれはいずれ生命に関わる問題なのでしょう。
だから本能的に「少しでも忠実に思っていることを表現したい」という願望と
それが達成できたときの喜び・できなかったときのもどかしさを感じるんですかね…。

と 生意気なことをへろへろと今日の1限総合科目のテストで書いてきた というだけの話ですが。

表現手段を得てこそ進化してきた人類に情報伝達欲なるものがあるのは、
当然のことなのかもしれません。
Posted by makichie at 2005年07月04日 20:31
長々書いた上連続すいません。

人間は脳の内外の出来事全てを脳内で高度…
        ↓
人間は脳の内外の出来事のうち認知したものを全て脳内で高度… 

ですね。厳密には。
Posted by makichie at 2005年07月04日 20:36
おいらには音楽しかないですなぁ。クラブ引退後、社会人団体に所属しました。新聞に写っちゃいました。ギター前列の右から2人目。マンドリン音楽のよさを伝えていきたいですなぁ。
http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2005070300093&genre=K1&area=K30

あー、あと最近日記つけ始めました。できるだけ毎日更新で頑張ります。
http://geocities.yahoo.co.jp/gl/stmndb

追伸:例のピンポンゲーム、初級なら勝てますが上級だとカットマン以外無理でした。
Posted by たなべ at 2005年07月05日 22:04
>makichieどの
熱いコメントどうもありがとう。
>だから本能的に「少しでも忠実に思っていることを表現したい」という願望と
>それが達成できたときの喜び・できなかったときのもどかしさを感じるんですかね…。

そういう喜びを原資ににして日々生きてるんだろうね。
しかし最近思うのは(エントリの否定にもなるかもしれないけど)、
表現は、認識してくれる他者の存在という軛から逃れることが出来るのか、という疑問。うむー。
Posted by 鯰 at 2005年07月06日 04:38
>たなべ
そうかー。ついに社会人団体にまで。
見に行けないまま終わるかと思ったら、
全然心配すること無かったのね(笑

君がブログを付けるようになるほどのネットユーザになったのは、
昔、パソコンの指導をしてた者としては感無量だよ。
そして誰が堀江や。せめて江副と(古

ちなみに初級のカットマンには勝てるようになりました。
Posted by 鯰 at 2005年07月06日 04:43
伝えることの典型にやっぱり「教育」はあるのだと思います。
でも、ここでの「伝える」は知識の伝達ではありません。
伝えることはごくわずか、そのことで子どもが自分で考え、何を得ることができるか、それが教師の「伝えどころ」であり、勝負所なのです。
特に小学生は敏感に反応します。一言で輝く子も、燻る子も見ました。
「伝える」ことが直に、いや将来的に現れるのが教育の場かもしれません。その恐怖と面と向かっているのが現職なのです。

追伸:最近、母校(H・H高校)の文化祭に行ってきました。
また近々報告します ってか試験終わったらそっちに一回行きます。問答無用です
Posted by maru at 2005年07月08日 01:08
そうか,関西に帰ってくる可能性もあるのか?.
そうなったら1回分のコンサートのチケットはプレゼントするわ.もし関西でなくても地方公演で関東行ったりする可能性もあるのでそんとき宜しく.ちなみに来年の春の演奏会は客演として私のギターの師匠が出演します.世界コンクール優勝経験者です.ワルドナーみたいなもんですわ.

江副?知らないねぇ.

パソコンの指導?あー懐かしい.そんなこともあったねぇ.まぁbiosなんやらとかシステムうんたらはわからんけど,ワード,エクセル,パワポくらいは普通に使えるわん.あとタイピングもゲームで鍛えた.
Posted by たなべ at 2005年07月09日 23:49
>表現は、認識してくれる他者の存在という軛から逃れることが出来るのか、という疑問。うむー。

現段階では逃れるなんてとても無理だと思ってます。
表現はどんなに突き詰めても不完全なものにしかならないですから。
人間は表現が不完全なら五感も不完全(錯覚とか)だし、理解も不完全(誤解とか)です。
五感を通してしか外界を認識できず、
(発言にしろ描画にしろ)筋肉でしか脳内の考えを表現できない限り、
人間にイデア界は見えなさそうです。

これを書いてて、「少しでも忠実に伝えたい」という願望は、
「少しでも長生きしたい」という願望に似てるなー と思ったり、しました。
命に限りがあるから充実した一生を送ろうと思うのだし
表現に完成が無いから常に磨こうとするのだし。

人生が楽しんだモン勝ちなら
表現も楽しんだモン勝ち。

自分や他人に誤解が無いように求めることは
不老不死の薬を欲しがる人と同じくらいしょぼいと思います。
脳みそにUSB端子付けて、繋げて他の人の脳みそと思考を交換し合ったら、
誤解なんて起こらないのかもしれないけれど、それはなんか…(=x=;)

認識してくれる他者に、不完全な伝達ながら
分かってもらったことが分かることで
初めてコミュニケーションは成立するのですね。

このエントリにはいろいろ考えさせてもらいました。感謝です。

分かったような口利いといて実際、他者に分かってもらえないで
凹んでばっかなんですけどねぇ。
発言のどこかに矛盾などあるかもしれませんがご容赦ください。
まただらだら長文ですし。
まだまだ迷走中です。
Posted by makichie at 2005年07月12日 23:12
何だか入り乱れてきたがまとめてレス。

>maru氏

教育はやっぱりその人の将来を決めるという意識が強く働くから、
とてもプレッシャーの大きい分野やね。
敢えてその道を選んだおぬしにはいつも敬意を払っておるよ。

しかしまあ、すべてのコミュニケーションが大なり小なり相手の人生には影響与えるんだけどね。
意識するとストレスが過剰になるから、
気づかないようにしている脳の防衛反応か何かかしら。


>たなべ氏

おお、コンサートのチケットまで貰えるとは。
当分は関東に居ることになりそうなので、
こっちに来るときは是非とも呼んでくれたまえ。

ブログ、かなり頻繁にチェックしてますよ(笑


>makichie嬢

「完全になろうとする不完全さだ…」
(森博嗣『すべてがFになる』講談社ノベルズ、1998年)

というわけで、君のコメントを読んで急に7年前に読んだ小説の一節を思い出したので冒頭に。
完全にクリティカルとは言えんけどね。

伝わらないという諦念の中でも歯を食いしばって生きて行く強さがいいよね。
何ちゅーか、崇高だよ。

> このエントリにはいろいろ考えさせてもらいました。感謝です。

いえいえ、こちらこそ。
フィードバックが頂けて始めて伝わったかどうか確認できるので(笑
今度ともよしなに。
Posted by 鯰 at 2005年07月13日 10:03
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